チェコガラス紀行
(2003/12/30)


 今年の7月にチェコのプラハ等を、主にガラスを見に行てきました。遅くなりましたがその時の模様を少しまとめてみました。

 7月中旬に成田を発ち、ヨーロッパでのベースキャンプであるスイスのチューリッヒへ向かいます。プラハ行きの飛行機までトランジットに大分時間があったため、4時間位ではありましたが地元の友人達と再会。

 日本は今夏寒かったので、念のためと薄手のカーディガンを持って行ったのですが、ヨーロッパは大変な猛暑で全く出番なしでした。フランスなどではこの猛暑でワインの出来も良さそうだという事でしたが、チューリッヒでは雨も少なかったそうで、空港の滑走路脇のいつもは真っ青な草が、枯れて茶色になっていたのが印象的でした。
プラハ市内 対岸にプラハ城が見える
 チューリッヒでトランジットして、結局プラハに着いた頃には夜になっていました。今回はプラハから100キロほど離れた町に住んでいる友達の家をベースにしてガラス工場やお店などを見て回ることになっており、夜のチェコ国内を移動。異国での夜の風景というのはいつでも興味深いものです。

 翌日はガラス工場やガラスのお店などがあるノビボー(Novy bor)へ。プラハから車で2時間くらいのこの町は、ガラスアクセサリー工房やガラス食器工房、花瓶などの工房などが集まって、まるで日本の窯元が集まっているような状態でした。このノビボーのガラス博物館がとてもよく、17世紀のものから現在の作品まで見られました。同博物館のHPはこちら

 ボヘミアンガラスは豊かな森林の木灰を使い、透明度の高いボヘミアンクリスタルとして発展してきたのですが、その様子がわかるのが興味深かったです。

 チェコでは言葉がわからないことに加え、土地勘が全くないため気苦労が絶えなず、暑さも厳しかったこともあり、すっかり暑さ負けしてしまいました。



プラハ中央駅とステンドグラス プラハ近隣を数日間あちこちと見て回ったあと、プラハ中央駅から国際列車でドレスデン(旧東ドイツ)へむかいます。ヨーロッパのターミナル駅は大規模なものが多いのですが、プラハ中央駅も窓ガラスにステンドグラスを使ったコンコースなど、国の表玄関にふさわしい雰囲気を醸し出していました。




第二次大戦で壊滅したドレスデンも文化的なものの修復が進んでいて、その規模や大きさや深さにはとても驚きました。


ドレスデン市内
ドレスデン(文化財復興の様子)


 演奏会が終わり、オペラハウスから出てきたら、無数の大きな鳥がライトアップされた建物の尖塔を旋回していて、不思議な美しさに首が痛くなるほど仰ぎ見てしまいました。でもそれは鳥ではなく、沢山の大きなコウモリとわかり、さらにちょっと驚きました。

 翌日磁器で有名なマイセンに移動。絵付け磁器とマイセンクリスタルを見学。古い花の文様は、グラスリッツェンの模様に共通したところがあります。

イエナグラス社と博物館 イエナグラスは土曜になってしまったたため、ガラス博物館や工場見学は残念ながらお預け。当初から日程的に調整をしていたのですが、あちらを立てればこちらが立たずということで、イエナは次の機会に回すようにしました。このイエナはカールツアィス社などレンズ(タイズ)や光学機器で有名な街です。

 観光地でもないこの小さな街のホテルのレストランで、ここで働いている日本人技術者と会ったのが印象的でした。まだまだ光学技術でのドイツの重要性は高いと認識を新たにした次第でした。

 イエナからはフランクフルトへ出て、チューリッヒ経由で無事帰国しました。毎回盛りだくさんな行程ですが、チェコのガラス工芸をこの目で見てこれたことは大きな収穫でした。
Sumiko

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